ブランドの思いやりと情報リテラシーをとらえる
「2022 エデルマン・トラストバロメーター」
筆者:エデルマン・ジャパン テクノロジー アソシエイト ディレクター 上瀧和子
桜の開花を目前にした3月下旬、エデルマン・ジャパンが「2022 エデルマン・トラストバロメーター」オンラインセミナーを開催しました。世界規模の信頼度調査トラストバロメーターは今年22年目。今回の調査では、日本では「5年後の自分と家族の経済的見通しが良くなっている」と回答した人がわずか15%と低迷する結果が示されました。
エデルマン・ジャパンに入社して数か月の自分にとって、これまで外部の立場で受け取っていたこの調査結果に、初めてリモートワークの同僚として携わり、複雑化する不安を克服するための信頼強化のヒントを得ました。
セミナーの動画はこちらからご覧いただけます。(セミナー詳細)
パンデミックからインフォデミックへ、信頼をめぐる課題と期待
コロナウイルスのパンデミックの影響により、国境を超えるあらゆるイベントが、オンラインに移行したのは2020年。その年のトラストバロメーターでは、世界11カ国の調査対象国の中で、政府に対する信頼度が低下したのは日本のみ(資料)。当時、安倍政権の終焉を予見させた調査結果でした。
これに先立つダボス会議のオンラインパネルディスカッションでは、エデルマンの社長兼最高経営責任者 リチャード・エデルマンが、「グローバル経済を支えてきた国家の社会的資本としての信頼が崩壊し、資本主義だけでなく民主主義も機能しなくなっている」と指摘していました。そして2022年の調査結果において、その傾向はますます加速しており、多くの民主主義国家において信頼度が低下していることが分かりました。
また、2021年のトラストバロメーターでは、日本人による政府や企業への信頼度がコロナ禍でさらに低下し、情報衛生度の悪化が指摘されました(資料)。一方で、従業員から自社の経営者への期待が高まっており、その傾向は引き続き継続しています。
今年の調査発表の中で、最も身近だったのは日本国内で高まる失業、気候変動、サイバー攻撃といった社会的不安を示す指標でした。日本の回答者の74%が失業に対する不安を抱き、72%が気候変動への不安を募らせ、64%が「虚偽の情報やフェイクニュースが武器として利用される可能性を心配している」と答えています。
今回の調査結果では、最も信頼されている組織は企業であり、身近な存在である「自分の勤務先」が日本で60%と高い信頼度を維持していることが明らかになりました。企業が社会的課題を解決することへの期待は高まっており、日本でも約5割の回答者が、企業の社会問題に対するスタンスによってそのブランド製品の購入や、就労、投資を決めると回答しています。プレゼンテーションでは、CEOが社会変革を率先するチェンジメーカーとしての役割が求められていることが述べられました。
「2022 エデルマン・トラストバロメーター」2021年11月1日~11月24日にわたり世界28カ国、約36,000人を対象に実施した信頼度調査における日本の結果では、半数近くがブランド支持、就労、投資を通してビジネスへの信頼を示すと回答(エデルマン・ジャパン株式会社 代表取締役社長 メイゲン・バーストウ)
さらには、情報の質が社会の分断を埋めるという調査結果も発表されました。評価が高まる企業や経営者のみならず、相対的に信頼度が低下するメディア、政府、NGOからなる調査対象ともに共通して、「情報の質が信頼構築の基盤となる」ことが示されました。
「2022 エデルマン・トラストバロメーター」は、良質な情報が社会の分断を埋めると示唆(同)
人を大切にする、家庭からの情報リテラシー
前述のとおり、企業による社会的課題の解決への期待が高まっています。昨今の具体的な企業の動きには、ロシアのウクライナ侵攻を受けたロシア事業の投資停止や活動撤退、ウクライナ支援が挙げられます。一方で、戦争をめぐる報道やソーシャルメディアに潜むフェイクニュースやインフォデミックのリスクが高まっており、セミナーの後半で開催されたパネルディスカッションでは、大いに議論されました。
今回のパネスディスカッションの登壇者。写真左上から時計回り、エデルマン・ジャパン 森田尚子、 日本メディアリテラシー協会 寺島絵里花 氏、Office Story Branding 大橋久美子 氏、エデルマン・ジャパン メイゲン・バーストウ、エデルマン・ジャパン 岩崎桂、NO YOUTH NO JAPAN 代表理事 能條桃子 氏
ブランドストラテジストの大橋氏は「この10年で起きた変化として、ブランドが重要な無形資産として経営の中核を占めるようになり、企業のパーパスを具現化し具体的なアクションを起こす能動的なものになっている」と述べ、信頼醸成におけるブランドの重要性の高まりが述べられました。
また信頼の形成に影響するメディアとの関わりをめぐっては、子育て世代であり、SNSによる若者の自死に向き合い立ち上がる日本メディアリテラシー協会の寺島氏が、日本におけるメディアリテラシー教育を広げる必要性を強調。クリティカルシンキングが浸透していない日本で、真偽を疑わずに安易に情報を信頼してしまうメディアリテラシーの低さを指摘。個人として発信する場合も、自分がどういったメディアに接し、影響を受けるインフルエンサーと反対の意見は何かを確実に見ていく必要があるとし「実社会で、情報の判断を繰り返すことで、炎上が少なくなる」と述べました。
若者の政治参加を推進するNO YOUTH NO JAPAN 代表理事 能條氏は、「1998年生まれ以降の一人当たりの所得額は低下し、階層化が広がっている」と述べ、社会全体的に広がる経済的なひっ迫、時間的な余裕のなさ、将来のための貯蓄の減少が、社会における信頼醸成を難しくしていると分析しました。さらに、「これからの資本主義は、働くだけではない、気候変動の深刻さを直視し、地球の規模感で自分の先の世代まで持続可能な思考が必要」として、今の世代のことだけを考え近視眼的にならずに、長い目で物事を捉える必要性を述べました。
フェイクニュース、ポストトゥルースという言葉が政権を超えて表層し続ける中で、寺島氏は「真実は一つでも事実は複数ある」と述べ「情報の複雑性を踏まえた上で、ニュースがどういう意図で発せられているかを読み解き、語られている内容の信頼性を日々の家族との会話の中で検証することが必要」と提言しました。
大橋氏は、「ESG投資の焦点が、これまでの環境から社会に広がり、日本でもこれからジェンダーや人権の重要性が増していく。思いやりがキーワードになる」と述べ、「一方的な価値観の押し付けでなく違う意見を認めることで新しい価値提案ができ、イノベーションのためには多様性が生まれる」とし、主観的な幸福度を高めるための多様性の重要性を示しました。
今年のパネルディスカッションから浮かび上がった信頼の鍵は、ブランドがもたらす思いやりと、多様性や利他のために情報を理解し活用する力。不安に囚われがちな今だからこそ、信頼のあり方を一人ひとりが見つめ直すことを問われています。働く場だけではなく家庭でも情報に向き合うことが、信頼の強化につながると改めて認識させられました。