かつて、マーケティングは非常にシンプルでした。Attention(認知)があり、Interest(興味)を得て、それがDesire(欲求)、Memory(記憶)を経て、やがてAction(行動)に繋がりました。宣伝すればするほど認知度も好感度も高まり、その結果、商品が売れました。
しかし今はどうでしょうか。Windows95の登場によってマス市場がインターネットに繋がってから20年が経ち、TwitterやFacebookがソーシャルメディアと呼ばれるまったく新しい分野を切り拓いてから10年が過ぎました。スマートフォンのおかげで、情報接触の空間的・時間的な制約もなくなりました。その度に企業や代理店は、ウェブもソーシャルメディアもいち早く活用して、時代の変革に応じた事例を積み上げてきましたが、一息入れる間もなく、最近では、広告ブロッキングの日常化、過度の画像修正に対する賛否、セレブを起用した施策に対する信頼度の低下など、消費者の態度やブランドとの関係性はさらに変わっています。事故や不祥事のニュースが一瞬で拡散し、手のひらを返したように一斉に顧客が離れるというリスクも無視できません。
そのためか、もはやどんなに予算を投じても認知度や好意度のスコアはなかなか上がらず、セールスとの因果関係も見えづらくなっている、ということはないでしょうか。もちろん、スコアが伸びなければ、誰かが責任を問われます。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は2016年3月2日、コンシューマブランドのCMOの平均任期が44か月に減少し、およそ3人に1人が「1年以内に着任したばかり」と報じています。この記事はスペンサースチュアート社のCMOスタディの結果を引用していますが、任期が減少に転じたのは過去10年で初めてのことであり、着任1年以内の割合は最も高い、としています。それくらい今、マーケティングの統括者の方々は厳しい局面を迎えています。そんな中、これまで通り、認知度や好感度の向上を目標に事業計画を立てて効果を測定することにどれほど意味があるのか、と行き詰まりを感じたことはありませんか。
にも関わらず、あまりに多くの企業が未だにファネルを使っています。そこから計画を立てるため、それを効果として測定し、その結果を課題としてまた次の計画を立てるというサイクルから抜けられないのです。もちろん、消費者のデジタル化に合わせるべく、一部ではSearch(検索)やShare(共有)と言った項目を加えた亜種のモデルを作ったり、認知や好意をレレバンシーなど他の用語で言い換えてみたりする動きは見られますが、どれもバリエーションの域を出ることはなく、その基本体系は、タウンゼンド氏が初めてファネルを提唱した1924年から実に100年近く変わっていません。一昔前までは、ファネルのスコアでマーケティングの上層部の賞与が左右されたという話もあったくらい、このモデルは私たちの中に深く浸透し、日常業務に影響を与えていました。
このように、問題はマーケティングの展開方法といった各論よりも、何を年間のPDCAの指標にするかという総論の部分にあると私は考えています。つまり、進化を遂げるマーケティング手法に対して、効果測定はその変化に適応できていない… 施策が本来作用する部分(認知・好意ではない部分)をオーソライズされた絶対指標として測定できていない… だから効果があってもスコアが上がらないし、業績が正当に評価されないという矛盾が起きている、ということです。そのせいで、いつの間にか、広告を使った分だけ増えるフォロワー数やクリック数のようなドライな数値ばかりを追求している、という場合も多いのではないかと思います。
フォレスター・リサーチ社がまさにそのジレンマを言い得ています。同社が2013年にブランド診断型のトラッキング業務を提供している調査会社やコンサルティング会社をすべて分析したところ、確立された手法を提供する「戦略アドバイザー」と、新しい手法を駆使してインサイトを模索する「データプロバイダ」の2つのグループに業界を分類しました。そして、今はプレイヤー不在となっている象限(図の右上:新しい手法に立脚した戦略的アドバイザー)がカギを握ると言っています。
そこで今回私が提唱したいのは、
① エデルマンが開発したブランド・リレーションシップ・インデックス(BRI)の採用と、
② これを重点KPIとした年間のトラッキングと事業計画を立案する仕組みへの変革です。
エデルマンのアーンドブランド調査から生まれたブランド・リレーションシップ・インデックス(BRI)は、ブランドと消費者のリレーションの強さと質を分析する業界初の指標だと考えています。具体的には、玉石混合の情報が氾濫する時代に、購買だけではなく、消費者が進んでブランドの話題作りや支持・擁護に参加するのに必要な「7つの要素」を特定し、それぞれの評価に応じた戦略策定を可能にします。また7つの要素を包括する「BRIスコア」(0~100点)に基づいて、ブランドと消費者のリレーションを5つのステージに分類します。
2016年の日本のBRIスコアは32で、「Involved(親密な関係)」のステージにあり、グローバル平均38とほぼ同じという結果でした。これは消費者が、競合との比較において、お買い得感や衝動的なものではない確かな意思をもって特定のブランド選択をしていることを意味します。商品自体の機能的・情緒的ベネフィットを超えて、ブランドの信条や姿勢にも一定の共感を示していることを意味します。いつもの商品棚になければ、どこに移動したのかを店頭スタッフに聞いてまで、そのブランドを求めることでしょう。そういう意味では、従来のプロダクト・マーケティングの枠組みにおいては、32というスコアはかなり成功していると言えます。
しかし、データは同時にその先の成長機会も明らかにしています。消費者はブランドとのさらに進んだ関係を望んでいます。より強い絆で結ばれた、互いに高め合う関係を期待しています。商品やサービスの価値(Value)を超えて、1つの人格としての信条や価値観(Values)を共有し、同じ目線で社会に対する問題意識を持ち、互いを気遣い、共に行動し、人生を分かち合う関係を築くことができる伴侶との出会いを求めています。以前からマーケティングは恋愛関係のようなものだと比喩する人はいましたが、それが調査データに基づいて科学的なモデルとして確立されたのです。
需要に対して供給する企業対消費者の構図ではなく、普通の人間関係と同じだと思ってください。当然、前述のような深い関係を構築するには、一方的な情報発信では不十分です。対話も1対1だけでは不完全であり、同僚や友人関係など周囲の評判も含めてコミュニケーションの全体像を捉えることが肝心です。オープンな形で晒すことがない閉じた関係でも説得力がありません。その点においては、単純なメッセージの発信(○○さんがこんなことを言っていた)だけでは、職場で話題にすらなりません。どうすれば人が人に伝えたくなる形で、とある日のエピソードを話題にし、そこから見えてくる自分の人間性を伝えてくれるのか。どういう人であれば、「この人と一緒に何かを作ってみたい」、あるいは「この人なら個人情報を預けても良い」と思ってもらえるのか。そして万一、失敗や悪評が出たときにも自分を支持し擁護してくれる信頼関係を築くことができるのか。
その疑問に対する攻略の糸口が、当社のアーンドブランド調査にあります。自社のBRIを指標化し、7つの要素を理解することで、消費者との強固な関係を築くための課題が見えてきますので、是非一度、自社のスコアを測定してみてください。そしてそれらをトラッキングすることで、事業計画の立て方も、代理店へのブリーフの仕方も変わってくるでしょう。そして必ずや成果が見える、業績が評価される仕組みを作ることができるでしょう。
エデルマン・ジャパン ストラテジー・ディレクター 宮崎陽介