9月ももう終わりに近づき、秋の気配が感じられ、先月のリオオリンピックの熱狂も懐かしいものとなりつつあります。今回のオリンピックは、開催前にそれほど興味を持っていなかったわたしも、朝起きればメダルが増えているという日本人選手たちの活躍に、次第に感化されていき、テレビで観戦する機会も多くありました。なかでも、閉会式の東京オリンピックのプレゼンテーションは最後に強烈なインパクトを残してくれました。安倍首相がスーパーマリオに扮して東京オリンピックをPRした閉会式の模様は、海外の評判も良かったようで、日本人としては誇らしく思います。

引き合いに出すのは筋違いかもしれませんが、わたしは今回の閉会式を見て、3年前にエデルマンがPRを担当した名門ギターブランドのギブソンと、国内の老舗音響機器メーカーであるティアックが業務提携を発表した際の記者会見を思い出しました。(参考:ギター名門ギブソンの“仰天”TOB会見)ギブソンが、ティアックの株式の過半数を買収し、子会社化するという言葉だけ聞くと、世知辛い買収会見ですが、ギブソンが伝えたかったのは、ティアックと提携することにより、技術力を誇るクール・ジャパンを支持するというものでした。そのメッセージを伝え、両社の相思相愛の関係を強調するために、わたしたちは会見に仕掛けを用意しました。その仕掛けとは、会見の冒頭に最初の共同作業として行った、ギブソンの会長とティアックの社長による即興のギターセッションです。発表後の案内で急きょ集まってもらった経済担当の記者たちは、まったく予想していなかった展開に圧倒される人も多く、音楽好きな記者からは賛辞が送られました。質疑応答でも厳しい質問がほとんどなかったのは、両社の良好な関係に、疑いの余地がなかったからだと思います。会見が功を奏し、ビジネス番組、新聞で取り上げられ、ネット上でも話題となり、結果としてPR業界の賞も受賞するというわたしたちにとっては成功事例となりました。

さて、この時のことを思い出し、規模や舞台は違えども、リオオリンピック閉会式に対する反応と、相通じる何かを感じました。なんというか、見た人が童心に返ったときのように、ワクワク興奮を覚える感覚が共通するのでしょうか。PRに長年携わっていても、受け手が純粋にワクワクしてくれるという企画は、大人の事情が先に立つため、なかなか実現できないのですが、実現できれば作り手はこの上ない達成感を感じます。では、ワクワク感を生むPRには何が必要なんだろうと思い、リオオリンピック閉会式のプレゼンテーションを紐解きながら、考えてみました。

第一に、オリンピック閉会式という大舞台で、首相という地位の高い人が、お茶目な一面を見せたというのが、意表を突き、人間味を感じさせました。ギブソンとティアックの会見でも、大企業のトップがサングラスをかけて、本気でギターセッションをし始めたため記者は仰天し、セッションが終わるや否や拍手喝采でした。ユーモアは立場の違いを超えて人を楽しくさせる力があるもの。目的と場面に応じますが、威厳ある人物がプレゼンテーションをする際にお茶目をスパイスとして取り入れれば、たちまちファンが拡大することになるのかもしれません。

第二に、閉会式のプレゼンテーションは、第一線のアーティストを起用し、センスの良い音楽やアートで表現していた点が優れていました。先のギブソンとティアックの会見でも、音楽の力が大きな役割を果たしましたが、かっこいい、センスがいいというのは、理屈なく感動させることができます。また、日本のゲームや漫画という世界の人々が子供のころから馴染みのあるコンテンツを映像のなかに生き生きと表現したというのも功を奏した一因だと思います。

最後に、しっかりとした訴求ポイントがあることがPRの大前提だと考えます。インパクトだけを狙ったものや、アートや音楽のような感性主体の表現だけでは、一時の興奮で終わってしまう気がします。4年先まで東京オリンピックへの期待感を盛り上げる、ひいては日本に興味をもってもらうためには、関心をもってもらうべき理由を明確に提示しなければなりません。アニメ、ゲーム、キャラクターのポップカルチャーは日本が誇る産業であること、ハイテクな技術が日本の強みであることなど、しっかり訴求している点も、優れていたのだと考えます。

このような要素がそろうと「粋」なPRといえるのだと思います。ギブソン・ティアックの会見ではSNSで「粋な会見」だとつぶやいた人がいましたが、リオオリンピック閉会式のプレゼンテーションも「粋」がつまったPRだと感じました。もしかしたら日本人が昔からもっている「粋」のスピリッツが、発揮されたのでしょうか。裏側には綿密な計画があるのはもちろんですが、あか抜けていて、さらっとやってのけるような粋な表現を日本人は得意とするのは確かだと思います。

今の社会で話題になるのは、少子高齢化だったり、経済成長率の低迷であったり、課題も多く、閉塞感に陥いることもあります。その一方で、ワクワクするコンテンツを創りセンス良く表現していければ、気持ちが上向きになり、次世代のために明るい未来を築くことができるのではないかと、PRの可能性を実感するきっかけになりました。

 

9月21日 産休に入る前に一筆、書かせてもらいました。

シニア・アカウント・スーパーバイザー ナカザト マキ